戦争をするのは権力がするのだ。庶民は手伝わされるのだ。だから、手伝わなければ権力は戦争が出来ないのだ。でも、庶民は餌を与えられて戦争を手伝わされるのだ。人殺しをさせられるのだ。戦争反対がお題目でなくなる日はそれに庶民が気がついた時なのだが、いつになったら気がつくのか?気がついた者から止める事が出来るだろうか?戦争は国家対国家のかたちを採るので庶民はまるで自分の事の様に喜々として赴くのだ。結局苦しむのは庶民の方なのだ。国民という概念を相対化出来ないのが庶民なのだが、そんな精神構造から抜け出られないのが日本人なのだ。70年前の戦争敗北が何を意味したのか未だに日本人は解らないのだ。だから、日本人は日本は民主主義だから戦争反対とお題目を唱えるだけで済むと思っているのだ。国家対国家の構造を明らかにする事を考えるべき事なのだ。一つ一つ戦争の実行が機能しない様にする事なのだ。 戦争利権と言うものが存在するのだ。戦争反対なら、戦争遂行の為の諸産業を機能麻痺にする事が目標となるのだ。当然の論理帰結なのだ! |
| 言っときますけど集団的自衛権と言う言葉は矛盾語なんですよ!集団的とは軍事同盟の事であるし、自衛権とは専守防衛の事ですよ!何故これらが同じ単語になるんですか?!言葉の定義が抑もおかしいでしょ?!この言葉の定義が出来るもんなら定義してみてくださいよ!戦争の気配を感じたら集団的戦争放棄で対抗しましょう!集団的サボタージュしましょう!別に日本に拘る必要もありませんよ! |
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